続 『カラフル』

昨日読了した『カラフル』

あれから 
勉強したい意欲がムクムクと湧き
23時過ぎから
『「読む・書く・話す」を一瞬でモノにする技術』 齋藤孝 大和書房を読み進めてしまった。

途中で 
あまりの眠さにダウンしてしまったが・・・


その中で
「情報の記憶は、自分をくぐらせて記憶する」

「『これ!』という情報に出会ったならば、その情報を一度、自分の世界に浸すようなイメージ。」

「情報に出会ったとき、一度、自分をくぐらせておくと、その情報が自分のものになった、という感覚が生まれやすくなる。」

「はたして情報が心の琴線触れる感覚を経験したことがあるだろうか。
そういう感覚があれば、その情報は、深く自分を“くぐらせた”といえ、のちのち、自分にたくさんのヒントを与えてくれる情報になっていく。」

という記述があった。

この本を読んでいる時は、
それは
自己啓発本とか 専門書とか
いわゆるお勉強の本にあてはまることだと思っていた。

今までは
小説は娯楽のためで
感動したり
擬似恋愛してみたりと
テレビドラマの様な感覚で読んでいた。

だからこそ、
小説を読むことは好きなのに、
これが 
私の知識となっている
生きる糧となっている
感覚は今までなかった。

しかし・・・
今朝 シャワーをしている時に

《あっ、カラフルの真は私だったんだ・・・》  って、

雷に打たれるような衝撃ではなく

頭の中にピンッと浮かんでくるひらめきでもなく

なにか 心の中にじわーっと広がっていく感覚で思った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今の私は
命を絶つ前の真と一緒で、
自分の見える範囲でしか周囲を見ていない。

安全な自分の殻の中で
じっと 誰かが気付いてくれるのを 待っている。


真が初めホストファミリーに対して
いい印象を受けていた時に、
プラプラが明かしたホストファミリーの正体。

それは、
生前に真が思い込んでいた家族の姿。

ガイドブックに載っているのは
真が 見ていた 考えていた 外の世界。

でもそれは、真の一方的な視点からの世界。



私だって 同じだ。

私が見ていたのは 
私が考えていたのは
私の一方的な視点からの世界。

私が思っていた以上に
私の周りの世界は 
優しくて 温かい もの だったのかもしれない。


真、奇跡の生還後の初登校の日
迎えは一向に来ない・・・
『学校でも孤独なやつだったのかよ。』
と尋ねた真に
プラプラの答えは
『真が孤独だったかなんて、そんなの、真にしかわからないよ。』
『どうせ自分は外れてる、みんなとはうまくやってけないんだって、そうやってバリアはって、みんなを遠ざけてた。』



ホント 今の私とそっくり。
真ほど周囲を遠ざけてはいないけど、
友だちと居ても、
うすーいバリアが一枚確実に存在している。

本当の自分は誰にもわからない。

そう決めつけていた。

なげやりな気持ちで
雨に打たれながら ぼくが思ったこと。

「ひろかのこと。母親のこと。父親のこと。意地悪な兄貴に、伸びない身長。学校での孤独。そのうちの何が、最も真を追いつめたのかなんて、そんなのぼくにもわからない。たぶんそのぜんぶがからまりあって毎日がどんどん重たくなり、その重たい毎日が積みかさなってさらに重くなり、とうとう一歩も動けなくなっちゃたんだ。」



それは 今の私の現状。
何が原因で こんな風になってしまったのかなんてわからない。
仕事 家族 友だち 恋愛 自分の性格 
やりたいこと できること 周りの期待 自分の能力
全部が絡まりあって ほどけなくて
とうとう ほどく気力さえも無くなってしまった。
そしたら 今居る場所から 動けなくなってしまったんだ。

それなのに
現実は追い討ちをかけるように迫ってくる

雨の公園で
高熱のまま 殴られ 蹴られ 金もスニーカーも奪われる ぼく


ガイドブックに載っていない唱子の存在。

唱子から見た 真 は
他者から見た 自分の姿。

『あたしの知ってる小林真くんは、いつも一番、深いところを見つめてた』
『純粋で透明な男の子。この世の悲しみをぜんぶひとりで受けとめて、その重さにいつも苦しんでた』

『小林真はもともとふつうの男だったんだ。純粋でも透明でもない、ふつうの中学生。
みんながいろいろ決めつけるから……、極端に美化したり、変わり者だって決めつけたりするから、あいつは身動きがとれなくなっちゃったんだよ。それだけ。ほんとはちょっと内気なだけの、ふつうの男だったんだ。』

その後の この言葉、
「それでもみんな、美しくなくても、みじめでも、小汚くても、せっせと生きてるんだけど……。」

そして、見えてくる 周囲の人々の本当の姿。

早乙女くんの存在。
『前はこう、なんつーか、すげえかまえちゃってる感じだったけど、今はもっと楽に見えるっていうかさ』

ぼくは 今の体が仮の身体だと思っていたから
言いたい事言って
やりたい事やって

「期間限定の小林真だこらこそのお気軽さ」で
世の中を見てみると 案外 単純なもんなんだ。

「となりにだれかがいるというのは、ふりむくたびにじんとなるほど、いちいち、うれしいことだった。」


少しずつこの世界を好きになっていく ぼく
この世界に未練がでてくる ぼく

母親自身が思っている 母親像 と
父親から見た 母親



私が思っている程 
私は価値の無い人間ではないのかもしれない

私が思っている以上に
周りの人は私を必要としてくれているのかもしれない


「とりかえしのつかない誤解をこの世に残したまま、真は永遠に死に続けるんだ。」

「今日という一日は、代役で引きうけるにはあまりにも荷が重すぎる。
僕は無念でたまらなかった。こんなに残念なことはなかった。
今日の父親の話は、本物の真がきくべきだった。
満の声を、死んだ真にきかせてやりたかった……。」 

「たった一色だと思っていたものがよく見るとじつにいろんな色を秘めていた、

 角度次第ではどんな色だって見えてくる。」

世界は一色じゃない。



私の目から見ただけじゃあ
この世界の本当の姿なんて
わからないで当然だったんだ。


『この世でもあの世でも、人間も天使もみんなへんで、ふつうなんだ。頭おかしくて、狂ってて、それがふつうなんだよ』

「人は自分でも気づかないところで、だれかを救ったり苦しめたりしている。
 この世があまりにもカラフルだから、ぼくらはいつも迷ってる。
 どれがほんとの色だかわからなくて。
 どれが自分の色だかわからなくて。」



今 生きているこの世界を
 “愛しい” と思える 
(といいな。今はまだそこまで達観はできないけど。)

そして やっぱり 
早乙女くんの この言葉


『今日と明日はぜんぜんちがう。
 明日っていうのは今日の続きじゃないんだ』


そして 
ぼくには周囲が よく見えてくる

「ぼくは真の傷にとらわれすぎていて、ほかのみんなの傷に無頓着すぎたことを恥じ入った。
 真だけじゃない。
 唱子だけでも、ひろかだけでもない。
 この大変な世界では、きっとだれもが同等に、傷ものなんだ。」

ホームステイと思っていた
身体や世界が
自分の現実だと分かった瞬間に
怖くなる ぼく



本当にやれるのだろうか
これでいいのだろうか
これは 今の私にも通じる 恐れ


『ホームステイだと思えばいいのです』
『あなたはまたしばらくのあいだ下界ですごして、そして再びここにもどってくる。
 せいぜい数十年の人生です。少し長めのホームステイがまたはじまるのだと気楽に考えればいい』

「ぼくはうなずいた。そう、ぼくはあの世界にいなければならない……。
 ぼくはまぶたの裏にぼくを待つ人たちのいる世界を思い描いた。
 ときには目のくらむほどカラフルなあの世界。
 あの極彩色の渦にもどろう。
 あそこでみんなといっしょに色まみれになって生きていこう。
 たとえそれがなんのためだかわからなくても---。



生きる意味を いつも求めてた
何かのために
誰かのために

でも
そんなの 関係ないのかもしれない

生きる意味なんて わからなくったって

周りの人たちと一緒に
ただ生きていけばいい

最後に プラプラの言葉

『ホームステイにルールはありません。
 与えられたステイ先で、
 だれもが好きにすごせばいいのです。』



好きなように 生きていけば 
それでいいのかもしれない

好きなことをすることに
生きることに
わざわざ 意味を求めなくても いいんだ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ってのが

小説『カラフル』を 自分にくぐらせた結果だ。

中学生の感想文よりも 幼い感想かもしれない。

でも、

私の中の 

知識とか 経験とか 感情とか の池の中に

浸して 浸して 

私だけの『カラフル』 になった (のかな??) 

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